一段上からの視点を授かる〜上賀茂神社 初詣セミナー2024〜
上賀茂神社は、「賀茂別雷大神」を御祭神としています。
別雷神とは「雷を別けるほどに強い力を持つ神」という意であり、古来より厄除・災難除け・必勝の神として信仰されてきました。
上賀茂神社にお参りすることで、今まで、悪だ、損した、負けた…とマイナスの印象をもっていた出来事が、むしろ、プラスになるような方向へと導かれていくでしょう。
3時間06分 収録
価格:¥19,800
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この教材の概要
- 高い視座を身につけたい方
- 親子関係、夫婦関係をよくしたい方
- 幼少期のトラウマを超えたい方
- 日本の皇室史について知りたい方
- 八咫烏とユダヤ教の秘密を知りたい方
下鴨神社と上賀茂神社は、
あわせて「加茂社」と呼ばれています。
いずれも京都にあり
日本にとって重要な働きをしている二社ですが
じつは、その真の功徳は、隠されています。
上賀茂神社の正式名称は「賀茂別雷神社」。
「賀茂別雷大神」を御祭神とします。
別雷神とは
「雷を別けるほどに強い力を持つ神」という意であり
古来より厄除・災難除け・必勝の神として信仰されてきました。
「賀茂別雷大神」は
今から2600余年前すなわち神代の昔
神社の背後にある神山(こうやま)に降臨された
とされていますが・・・
2600余年、と聞いて、ピンとくる方は
いらっしゃるでしょう。
そう、日本の初代天皇である
「神武天皇」が即位されたころと同じ。
じつは、ここに日本が皇紀2600年にわたり
守られてきたヒミツが隠されているのです。
近年の調査で、神山周辺から
縄文後期の土器がみつかり
古代人が暮らしていたことが立証されています。
「賀茂別雷大神」は
当初、山でお祀りされていましたが
やがて山里である、いまの場所に迎えられました。
その神様の依代(よりしろ)として
山に似せて作られたのが、「立砂」(たてすな)。
ここは、上賀茂神社の象徴ともいえる場所。
しかし、なぜ山が〝2つ〟なのか?
それが何を意味するのか?
じつは「裏」で日本を守護してきた働きが、この神社には隠されているのです。
今回のセミナーで、その秘密を解き明かします。
上賀茂神社にお参りすることで
さずかることのできる功徳は
〝一段上からの視点を授かる〟
歴史にもさまざまな「解釈」があって
すこし、見方を変えるだけで
どちらが善で、どちらが悪か
どちらが得で、どちらが損か
だれが勝ちで、だれが負けか
という価値観は、簡単にひっくり返ります。
おなじように、あなたの人生においても
あたらしい視点を授かると
まったく見方が変わるのです。
上賀茂神社にお参りすることで
今まで、悪だ、損した、負けた…と
マイナスの印象をもっていた出来事が
むしろ、プラスになるような方向へと
導かれていくでしょう。
さらに、上賀茂神社と下鴨神社の
例祭「葵祭(あおいまつり)」に隠された
本当の意味についてもお話します。
葵祭(あおいまつり)の由来
欽明天皇の時代(6世紀)、自然災害が多発し飢饉が起きた。
その原因を占わせたところ「賀茂の大神に丁寧なお祀りをしていないためだ」とお告げがあり、賀茂社に使いを送り丁重にお祀りをしたところ、天候は劇的に好転したという。 これが「葵祭」のはじまりだ。
伝説では、ある日、賀茂玉依姫(かもたまよりひめ)が瀬見の小川(下鴨神社の御手洗川の別称)で遊んでいたとき、丹塗りの矢が流れてきた。
それを拾って床の間に飾っておくと御懐妊。
生まれた御子が上賀茂神社の御祭神 加茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)。
息子が成人を迎えるとき、玉依姫の父 賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)(ヤタガラス)が孫のために日本全国の男子を集めて祝いの宴を設けた。
そこで建角身命が孫の別雷命に「ここに全国の男が集まっているから、お前の父親を杯を向け示せ」と。
孫の別雷命は天に杯を掲げ、天井を破って昇天してしまった。
その後 母の玉衣姫は寂しさで泣き悲しんだが、ある夜、夢で息子が現れ「もし神山(こうやま)に榊をたてれば私は再び地上に降りてきます」と言った。
その通りにすると別雷命は再び顕れた。
これが葵祭の元になっています。
あわせて「加茂社」と呼ばれています。
いずれも京都にあり
日本にとって重要な働きをしている二社ですが
じつは、その真の功徳は、隠されています。
上賀茂神社の正式名称は「賀茂別雷神社」。
「賀茂別雷大神」を御祭神とします。
別雷神とは
「雷を別けるほどに強い力を持つ神」という意であり
古来より厄除・災難除け・必勝の神として信仰されてきました。
「賀茂別雷大神」は
今から2600余年前すなわち神代の昔
神社の背後にある神山(こうやま)に降臨された
とされていますが・・・
2600余年、と聞いて、ピンとくる方は
いらっしゃるでしょう。
そう、日本の初代天皇である
「神武天皇」が即位されたころと同じ。
じつは、ここに日本が皇紀2600年にわたり
守られてきたヒミツが隠されているのです。
近年の調査で、神山周辺から
縄文後期の土器がみつかり
古代人が暮らしていたことが立証されています。
「賀茂別雷大神」は
当初、山でお祀りされていましたが
やがて山里である、いまの場所に迎えられました。
その神様の依代(よりしろ)として
山に似せて作られたのが、「立砂」(たてすな)。
ここは、上賀茂神社の象徴ともいえる場所。
しかし、なぜ山が〝2つ〟なのか?
それが何を意味するのか?
じつは「裏」で日本を守護してきた働きが、この神社には隠されているのです。
今回のセミナーで、その秘密を解き明かします。
上賀茂神社にお参りすることで
さずかることのできる功徳は
〝一段上からの視点を授かる〟
歴史にもさまざまな「解釈」があって
すこし、見方を変えるだけで
どちらが善で、どちらが悪か
どちらが得で、どちらが損か
だれが勝ちで、だれが負けか
という価値観は、簡単にひっくり返ります。
おなじように、あなたの人生においても
あたらしい視点を授かると
まったく見方が変わるのです。
上賀茂神社にお参りすることで
今まで、悪だ、損した、負けた…と
マイナスの印象をもっていた出来事が
むしろ、プラスになるような方向へと
導かれていくでしょう。
さらに、上賀茂神社と下鴨神社の
例祭「葵祭(あおいまつり)」に隠された
本当の意味についてもお話します。
葵祭(あおいまつり)の由来
欽明天皇の時代(6世紀)、自然災害が多発し飢饉が起きた。
その原因を占わせたところ「賀茂の大神に丁寧なお祀りをしていないためだ」とお告げがあり、賀茂社に使いを送り丁重にお祀りをしたところ、天候は劇的に好転したという。 これが「葵祭」のはじまりだ。
伝説では、ある日、賀茂玉依姫(かもたまよりひめ)が瀬見の小川(下鴨神社の御手洗川の別称)で遊んでいたとき、丹塗りの矢が流れてきた。
それを拾って床の間に飾っておくと御懐妊。
生まれた御子が上賀茂神社の御祭神 加茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)。
息子が成人を迎えるとき、玉依姫の父 賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)(ヤタガラス)が孫のために日本全国の男子を集めて祝いの宴を設けた。
そこで建角身命が孫の別雷命に「ここに全国の男が集まっているから、お前の父親を杯を向け示せ」と。
孫の別雷命は天に杯を掲げ、天井を破って昇天してしまった。
その後 母の玉衣姫は寂しさで泣き悲しんだが、ある夜、夢で息子が現れ「もし神山(こうやま)に榊をたてれば私は再び地上に降りてきます」と言った。
その通りにすると別雷命は再び顕れた。
これが葵祭の元になっています。
講師
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普通の高校生として過ごしていたある日、9つの流派を極め5万件以上の鑑定歴を持つ北極老人と出会い、占いの道へ。高校生ながら生年月日、手相、風水、方位、姓名判断などの様々な占いをマスター。日本各地の神社の秘密や女神になる秘訣を口伝によって、のべ数千時間にわたって学ぶ。神秘体験は数知れず。大学生時代から本格的に、人生相談(出会い、恋愛、結婚、夫婦関係、命名、子育て、就職、転職、人間関係、引っ越し、お金…、などの悩み)に乗り、3000人以上を開運へと導く。大学卒業後は、北極老人の一門によって設立されたグレイトティーチャー株式会社の占い師として活動。 ウワサがウワサを呼び、優良企業の経営者、有名コンサルタント、ベストセラー作家、セミナー講師、占い師、ヒーラーなどの著名人も、お忍びで通うようになる。 特に、占いや精神世界に深く精通している人ほど、北極流の奥深さに驚嘆。 占い鑑定やセミナーを行いながら、著書『女神になれる本』にちなんだ講座も開催。参加者の中には、わずか1ヶ月で運命の人と出会って電撃結婚した OLさん(現在は海外在住)。 不妊でケンカばかりの夫婦関係が改善して妊娠した主婦。 突然、ご縁に恵まれて転職し、天職と言えるような理想の仕事にめぐり会えたキャリアウーマン。 大手企業でベテラン営業マンを追い抜いて、営業成績全国一位になった新人社員の女性。など、人生が大きく変わった人たちが多数。毎日配信のYouTubeライブ番組「ちっちゃな一善」の人気パーソナリティ。非行や借金、起業家としての成功など、社会の光と闇どちらも経験した異例の経歴を持つ。師・北極老人の教えをもとに、「ちっちゃな一善で、人生は変わる」と、人々を充実した人生へ導く風変わりな伝道師。